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目に見えないもの大切さ

 

奈良にある真言宗のお寺に行ったときのこと。

そこは山全体がひとつのお寺さんで、謂れも霊験もあらたかな場所。

奈良という土地は京都や大阪、和歌山県と近く、遺跡も多く発掘されています。

平城京があったところですね。

その割に気取っていないのがいいところ。

人もほんわかしていて、取っ付きやすい。

遠方から訪れた私をずいぶん労わってくれました。

 

お山を散策していて、あるお堂の前に出ました。

受付のようなところにおばあさんがおひとりで座っていらっしゃる。

地元の人と話をされていて、私は少し離れた場所で聞き耳を立てていました。

すると、おばあさんが手招きして私を呼ぶ。

『若いのに信心だねぇ』と言いながら飴を渡してくれました。

どうも私をお坊さんと勘違いされていたみたいです。

清水さんとおっしゃる方で、近くにお住まいとのこと。

 

由緒正しきお寺さんで、宿坊も数多くある場所。

山の頂上には城跡もあり、雰囲気もとてもいいんです。

色々なお堂があったり、戒壇巡りがあったり、アミューズメントパークみたい。

そちらの眷属さんは二匹の百足。

扁額に堂々と金色の百足が。

お寺さんや神社というのは、日本が誇るべき芸術作品のひとつです。

宗教施設だから行かない、あまり好きではない、という方も多いですが、そんなに気負うものでもありません。

清浄な空気に溢れ、海外でいうところの聖地ですね。

 

ご本尊や仏像、掛け軸なんかもあり、宝物館という文化財も多く展示されている。

ごくごく日本的なものが、そこにはあります。

 

目に見えないものなんて信じない。

 

そういう方もいらっしゃるでしょう。

それはそれで構いません。

精神疾患や障害を抱える方のほとんどは、ご自分がどんなご病気かを言いふらしはしません。

それは目に見えないものだからです。

では、目に見えないからと言って無視していいのかというと、それはまた別の話。

カウンセラーたるもの、目に見えない非言語を読み取らないことには、先に進めません。

ふとした雰囲気や表情。目の奥に隠されている情熱。

人の優しさを感じ、感じてもらうためには共感していなくてはいけません。

 

もし今後、私や同じ学び舎で育った同志が世に出た時、共感して目に見えないものを一緒に見られるでしょうか。

統合失調症の方が幻覚や幻聴の症状のことを話すとき、自己一致しながらも寄り添えるでしょうか。

普段はできないけど、その時になったらできます!

そんな声もたまに聞こえてきます。

 

でも、私は思うのです。

メールには句読点を入れよう。

本文の雰囲気がもしかしたら相手に伝わっているかもしれないと思いながら文章を書こう。

最近、精神分析に興味を持ち、魂や無意識とはどんなものなのだろう?

防衛機制の本当の意味は何なのだろう?

人と人、男性と女性の関わり方はどうしたらいいのだろう?

自分を、変える必要はあまりないのだと思います。

素直で正直であれば暖かいものは伝わるし、イライラしてたらそれが伝わる。

そのコンピューターコミュニケーションを対面カウンセリングぐらいの精度でやりぬけば、きっと今後は対面より電話、電話よりチャットやメール、という時代になるのかもしれません。

 

目に見えないものを、もう一度見つめなおしてみませんか?

 

 

 

カウンセリングルーム  アトリエ・IMA(イマ)

Shigechika Suzuki

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