· 

自由

 

ン十年前に通っていた高校は、自由な校風でした。

制服はあれど、指定のバッグや靴もなく、髪型も装飾品も基本的にはおとがめなし。

生徒それぞれが、自分の個性を出そうと毎日楽しげに学校に通っていました。

創始者がおそらく日本で初めて女性としてアメリカに留学した方でしたので、そのような自由な校風を貫いていたのだと思います。

 

ただ、英語の授業だけは本当に難しかった。

中高一貫校でしたが、中学一年生でいきなり "a" と "the" の違いは何か訊かれる。

授業は毎日あって、問題数のたくさんある小テストから始まりました。

初めから終わりまでほとんどネイティブスピーカーが話すような英語が飛び交い、質の高い英語授業を体験。

 

担当していたのがさきほどの創始者その方でした。

彼女の口ぐせは、"Never,Never,Never give up!!!!"というもの。

和訳すると『ぜったい、ぜったい、ぜったいにあきらめるな!!!!!!!!!』

 

そのお顔と声は、いまだに鮮明に記憶の中にあります。

 

自由を得るには、ぜったいにあきらめない。

自由は向こうからやってくるものではなく、こちらから勝ち取るもの。

自由を得るためには頭を使って、ある程度の犠牲を払うことも時にはある。

 

私は、このカウンセリングルームを始めて、自由になりました。

誰に指図されるわけでもなく、自由にブログを書いています。

指先と頭脳と心が一致しています。

 

もっともっと多くの方に訪問していただきたいですが、なかなか大変です。

やっと、色々な地方のかたの目にも触れるようになってきたみたいで嬉しい限り。

ありがとうございます。

 

カウンセリングを重ねていて、クライエントの気持ちが自由になったんだな、と思う時があります。

それは感覚的なものなので、説明しろと言われてもなかなか。。

信頼関係を築くことができて、自己開示が進むとお互いに感謝し合うようになるタイミングが、訪れるのです。

悩みの中にいる人は視野が狭く、他者に対して感謝の気持ちを伝えられないことが多いようです。

子供の時から口に出している『ありがとう』という言葉が、自然と伝えられたとき、ドロドロしたところから抜けたのかな、と感じます。

 

その状況に、もちろんカウンセラーは間主観性をもって気づいています。

間主観性とは、主観と客観の間にあるもので、カウンセラーとクライエントの感じている力動を少し離れたところから見ている存在。

カウンセラーはこの間主観性を武器に、カウンセリングをコントロールして進めていくのです。

クライエントの話を傾聴するあまり、場に流されてはいけない。

頭をフル回転させながらカウンセリングの空気を制している。

 

カウンセリングとはただのお悩み相談ではないのです。

訓練と学びを受けたカウンセラーでないと、クライエントが悩みから解放されることはありません。

セッションは一度や二度で終わるものではありませんが、ダラダラと続けていくものでもなく。

クライエントがカウンセリングを通じて自由を得たり新しい自分と向き合えたとき、それは終了を迎えます。

 

そしてそのあとも、クライエントがいつも自由を感じていられるように、間主観性として寄り添う。

 

世のカウンセラーを名乗るみなさま、クライエントの悩みは解消されましたか?

途中で放り投げてはいませんか?

カタルシスだけを与えて、満足してはいませんか?

 

本当の自由に出会うために、まだまだ努力の日々です。

 

 

カウンセリングルーム  アトリエ・IMA(イマ)

Shigechika Suzuki

クリックしていただくだけでメールを送れます。