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出会いと別れ、そして出会い


出会いには、いろいろな形がある。

この世に産まれたとき、世界と出会う。

家族と出会い、親族と出会い、育っていくにしたがって、色んな人と出会う。

先生や友だち。同性や異性。

 

そして仕事をするようになって、今まで違った場所で、違った育ち方をした人たちと出会う。

そんな人たちと仕事を一緒にするようになる。

 

色んな出会いがあって、そして別れがある。

『出会いの数だけ別れがある』なんて、言われている。

よい出会いもあれば、そうでない出会いもある。

同じようによい別れもあれば、そうでない別れもある。

それは人が人として生きていくうえで避けられないものなのかもしれない。

 

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今日は出会いと別れのはなし。

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きっと、それは相性とか運命とかそういうものを超えた、必然の出会いと別れなのだと思う。

 

昨日のこと。

近くの海岸で時間を過ごして帰宅するときのこと。

20歳ぐらいの男性と出会った。

道に迷っていたようなので、行き先を聞いたら鎌倉まで歩きたいと言う。

時間は夜の7時半。

もう、あたりは真っ暗である。

この場所から鎌倉へ行くには、山をひとつ越えなければならず、トンネルをいくつも通る。

驚いている私の隣で、その青年はこんなことを口にした。

 

「普段、歩くのは全然苦にならないんです。

休みで家にいても何もすることがないので、散歩とか、良くするんです。

10キロ20キロ歩くこともよくあります。」

と、東京の赤坂を散歩した時のことを話してくれました。

自宅は千葉県の松戸市にあり、神奈川県には初めて来てみたのだとか。

夕方に横須賀へ着き、軍艦を見て、感動したらしい。

 

大通りまでそんな話をしながらそぞろ歩き。

 

 

そういえば、自分もそんな経験をしたことがあったことを思い出した。

彼とおなじぐらいの年齢の時、5日間かけて伊豆の突端まで歩いたのだった。

目的地はなかったが、同じように湘南の海をあてどもなく歩いた。

寝袋を担ぎ、ラジオを片手にひたすら歩く。

 

夜になってお腹が空いたら、当時はまだ少なかったコンビニへ入り、パンを買う。

そして近くに神社があれば境内で一泊させてもらい、朝になったらまた歩いた。

 

なんの目的もない真夏の旅。

そして5日目。伊豆の石廊崎へたどり着いたのだった。

 

色んなものを見て、色んなものを発見して、たくさんたくさん歩いた。

たくさんたくさん歩いただけ、たくさんたくさん発見があった。

そんなことを、彼を見て思い出したのだった。

 

スマホとかコンピューターとか、ナビなどに頼らず、ただひたすら人に道を尋ねながら歩くことは、今となってはなかなか得られない経験なのかもしれない。

地元の人と話をし、道に迷い、彼は何を得ただろうか。

 

そして今頃(これを書いているのは3時間後ぐらい)はもう、鎌倉へ着いているだろうか。

 

出会いと別れは歩くスピードを弱めればそのあたりに転がっているのかもしれない。

人と人との関係性が希薄になっていても、彼のような若者がまだいることに、安心した。

 

そんなことを思った、夏の終わりの一日だった。

 

 

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Shigechika Suzuki